JD-Rモデルとは――人事が知っておきたいワーク・エンゲージメント向上の考え方

JD-Rモデル
人材不足や働き方の多様化が進むなか、多くの企業が「従業員エンゲージメント」の向上に取り組んでいます。しかし、エンゲージメントサーベイの実施や福利厚生の充実、社内イベントの開催といった施策を行っても、思うような成果につながらないと感じている人事担当者も多いのではないでしょうか。

その一因として、エンゲージメント向上を「社員の負担を減らすこと」であると捉えてしまっている点が挙げられます。もちろん、長時間労働の是正や過重な業務負荷の軽減は不可欠です。しかし、それだけで社員が仕事に熱意ややりがいを感じられるようになるとは限りません。

実際、ワーク・エンゲージメント研究では、仕事の負荷を減らすことと同等、あるいはそれ以上に「仕事の資源」を充実させることが重要であるとされています。

この考え方を体系的に説明した代表的な理論が、JD-Rモデル(Job Demands–Resources Model)です。厚生労働省も「令和元年版 労働経済の分析」の中でこのモデルを取り上げ、人手不足が進む日本では「仕事の資源」を活用できる職場づくりが鍵を握ると紹介しています。
本記事では、JD-Rモデルの基本的な考え方を整理するとともに、企業がエンゲージメント向上施策を考えるうえで押さえておきたいポイントを解説します。
目次

JD-Rモデル(Job Demands–Resources Model)とは

JD-Rモデルは、2000年代にEvangelia Demerouti、Arnold B. Bakkerらによって提唱された理論です(参考:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部第3章第2節「働きがい」と様々なアウトカムとの関係性について)。

その土台には、1979年にアメリカの社会学者Robert Karasekが提唱した「仕事の要求度-コントロールモデル(Job Demand-Control Model)」があります。このモデルは、仕事の要求度が高くても本人が仕事をコントロールできる裁量(自律性)があればストレスにさらされにくいという考え方に基づいています(参考:独立行政法人経済産業研究所 やさしいこころと経済学―メンタルヘルス 第3回 仕事の特性なども影響)。

ここで「コントロール」と呼ばれるストレス緩衝要因の概念をさらに拡張したものが、JD-Rモデルです(参考:Bakker, Demerouti, & Sanz-Vergel Job demands-resources theory: Ten years later)。

厚生労働省は、JD-Rモデルの中心にある働く人のコンディションを「仕事の要求度」「仕事の資源」「個人の資源(心理的資本)」という3つの概念で説明しています。

  • 仕事の要求度:こなすためにエネルギーを要する仕事の特性(業務量、対人負荷、精神的・肉体的負担など)
  • 仕事の資源:職場が用意する後押し(裁量権、上司や同僚のサポート、フィードバック、正当な評価、キャリア機会など)
  • 個人の資源:本人が仕事に向き合う際の心理的な土台(自己効力感やレジリエンスなど)

(参考:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部第3章第2節「働きがい」と様々なアウトカムとの関係性について

ここで重要なのは、仕事の要求度はストレスを引き起こす可能性のある特性ではあるものの、エンゲージメントを高めるうえでは「仕事の要求度をゼロにする」ことがゴールではないという点です。

一般的には、仕事の要求度とコントロールのバランスがと崩れると、従業員は仕事にストレスを感じ、仕事の資源も活用できなくなります。一方で、Evangelia Demerouti、Arnold B. Bakkerらの研究では、仕事の資源が豊富であれば、要求度の高さにかかわらずエンゲージメントが高まりうることを示しており、厚生労働省の白書内でもこの知見が紹介されています(参考:同上)。

確かに、資源が乏しいまま要求度だけが上がると、疲弊・離脱につながります。しかし、要求度が高くてもそれを支える資源が十分にあれば、社員はむしろやりがいや成長実感を得やすくなるのです。つまり、人事の仕事はこの要求度と資源のバランスを組織設計・制度・マネジメントの各レイヤーで整えることであると言い換えられるのではないでしょうか。

人事施策への落とし込み:資源を「増やす」ための具体策

ここからは3つの軸それぞれについて、人事が現場で使える打ち手を整理していきましょう。

① 仕事の資源を増やす

「仕事の資源」とは、高い目標や過重労働などのネガティブな影響を和らげると同時に、従業員の意欲ややる気を引き出す動機づけプロセスの起点となる要素です。具体的には、自律性、フィードバック、成長の機会、上司や同僚からのサポートなどが該当します。

先出の労働白書における分析では、組織に対する深い理解と納得感がエンゲージメントと直結している点が指摘されています。(参考:同上)つまり、上司のフィードバックや企業理念の浸透といった仕事の資源への投資は単なる満足度向上にとどまらず、組織への愛着形成にもつながるといえます。

具体的には、以下のような施策が効果的ではないでしょうか。

  • 裁量権の設計:意思決定の権限をどこまで現場に委譲できているか、承認フローの階層数を棚卸しする
  • フィードバックの頻度と質:評価面談を年1〜2回のイベントで終わらせず、1on1などで日常的なフィードバックの機会を制度化する
  • キャリア機会の可視化:社内公募や異動希望制度など、「次のステップが見える」仕組みを整える
  • 上司支援力の底上げ:管理職研修において、コーチングやサポート行動をマネジメント評価の項目に組み込む

② 個人の資源(心理的資本)を育む

JD-Rモデルにおいて、個人のストレス対処能力や意欲を支える「個人の資源」の育成も見逃せません。

自己の成長実感や職場サポートがワーク・エンゲージメントに与える影響を検証した国内の実証研究では、自己の成長を媒介することで、より強力にエンゲージメントを高めるというモデルの妥当性が共分散構造分析によって実証されています。(参考:天池雅彦「自己の成長と職場サポートがワーク・エンゲイジメントに及ぼす影響:自己の成長を媒介要因とするモデルの検証」産業・組織心理学研究 2019年 第32巻第2号 pp.153-166

この知見は、職場で「成功体験」や「成長」を感じ取れる仕組みを設計することが、単なる精神論ではなく、従業員の心理的資本を充填しエンゲージメントを引き出す実証的な裏づけを持つ施策であることを示しています。

具体的には、以下のようなアプローチが有効でしょう。

  • 成功体験の設計:小さな達成を積み重ねられるよう、目標設定を「大きな年間目標」だけでなく「四半期・月次のマイルストーン」に分解する
  • レジリエンス強化の研修:失敗からの立て直しを扱うケーススタディ型研修を管理職・若手それぞれに用意する
  • 自己効力感を高める配置:本人の強みと業務のマッチングを、異動・配属の判断基準に明示的に組み込む

③ 要求度の質を見極め、「挑戦」に変えるマネジメント

仕事の要求度は、必ずしもネガティブに働くわけではありません。

厚生省の労働白書においても、「挑戦的なストレッサーと妨害的なストレッサーといった観点から、区別することも重要である」と言及されています(引用:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部第3章第2節「働きがい」と様々なアウトカムとの関係性について)。

ここで示されている挑戦的なストレッサー、妨害的なストレッサーとは、以下のようなものです。

  • 挑戦的なストレッサー:乗り越えた先に成長や達成感が得られると期待できる前向きなストレス原因(難易度の高い仕事、新しい役割など)
  • 妨害的なストレッサー:目標達成を妨げるようなプラスの価値を生まないストレス要因(不条理な評価制度、職場の人間関係のトラブルなど)

同じ「要求度が高い」状態でも、それが成長につながる挑戦なのか、単なる無駄な負荷なのかによって、従業員への影響は大きく異なります。この違いを精査し、成長へつながるよう業務設計を見直すことが必要です。

具体的には、以下のような取り組みが考えられます。

  • 要求度の質を見極める:単なる作業量の多さ(妨害的なストレッサー)と、成長につながる難易度の高さ(挑戦的なストレッサー)を分けて業務設計を見直す
  • 繁忙期の資源手当て:要求度が一時的に上がる時期には、応援体制や裁量拡大などの資源を同時に投入するルールをあらかじめ決めておく

導入のステップ

いきなり全社改革に着手する必要はありません。以下のような段階を踏むことで、施策が現場に定着しやすくなります。

① 現状診断:サーベイや1on1から、部署ごとに「要求度が高いのに資源が乏しい」チームを特定する
② 優先順位づけ:離職リスクや業績への影響が大きい部署から着手する
③ クイックウィンの実行:1on1頻度の見直しなど、制度改定を伴わず着手できる施策を先行させる
④ 中長期施策の設計:評価制度や異動制度など、制度変更が必要な施策はロードマップに乗せて計画的に進める
⑤ 効果測定とスパイラルの醸成:資源投入後にエンゲージメントや行動指標がどう変化したかを定点観測し、成果を現場にフィードバックすることで、次の改善提案が自発的に出てくる好循環を作る

労働白書でも、以下のように説明されています。

資源とワーク・エンゲイジメントとの間には、「獲得のスパイラル」があると指摘されている。Hakanen, Schaufeli, & Ahola(2008)では、3年経過した変化を捉えるパネル研究において、仕事の資源がワーク・エンゲイジメントを向上させ、ワーク・エンゲイジメントが個人の自発性を促し、その自発性が職場組織の革新性にポジティブな影響を与え続けていることを指摘している。

(引用:同上)

したがって、中長期的な観点が重要です。単発施策にとどまらず、継続的に施策を行うことでより高い効果を生み出せるはずです。

まとめ

JD-Rモデルは、「要求度」「仕事の資源」「個人の資源」という3つの軸で職場を見直すためのシンプルな地図です。大切なのは、モデルを知識として知ることではなく、自社の制度・マネジメント・評価の各所に「資源を増やす」仕掛けを組み込み、それを継続的に運用することです。まずは自社の中で「要求度は高いが資源が乏しい」ポイントがどこにあるかを洗い出すところから始めてみましょう。

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